「若きサムライのために」 三島由紀夫 


未来を信じないヤツこそが今日の仕事をするんだよ。


《未来を信じるな》


このブログでは何度か、「希望を持つことは大切だ」と書いてきました。


その理由は、生きる希望を持つことで気力や体力がみなぎり、運だって巡ってくるからです。


特に「夜と霧」を読めば、希望の有無が生死を左右させるんだとわかります。



ただ、注意すべきは未来を信じすぎないことです。


もしかしたらアナタは、


「希望を持つことと未来を信じることは同じではないのか?」


と思っているかもしれませんが、これは残念ながらイコールの関係ではありません。

《”今”をシブるな》


では、なぜ未来を信じすぎてはいけないのか、アナタはわかりますか?


それは、真剣に”今”を生きられなくなるからです。


多くの人は、未来を信じて等価交換「のような」行動をよくとります。


たとえば、結果のためにガマンとか、将来のために節約とか。


ですが考えてみてください。


ガマンしたからといって絶対に結果が出るわけでも、節約したからといって絶対に将来が安定するわけでもないですよね?


そう、実は未来を信じすぎると、”今”をシブる生き方をしてしまい、小さく終わってしまう可能性が高いのです。


それにあえて「」で括ったように、そもそも結果のためにガマンや将来のために節約といった考えは等価交換ではありません。


あくまでも、「のような」ものなのです。


ここまで読んで、もしアナタが、

”今”を真剣に生きたい!



そう思ったら、こちらの本をオススメします。


「若きサムライのために」 三島由紀夫



《若きサムライへ》


著者の対談・メッセージ・エッセーをまとめたこの本は、自身の死の一年前に刊行された、次世代への遺言書となっています。


小説とは違って著者の思想がよくわかり、鋭い視点から生まれる言葉を読むと背筋がピンとなります。


さらに人としての「在り方」も学べるので、自分が若きサムライだと思うのなら読むべきです。



《懲りたはずだろ》


中でも東大の学生運動について語った章では、


「未来を信じるヤツはダメ」


と説得力のある内容で書かれていて、かなり納得できます。


なぜ著者は未来を信じる考えがキライなのかというと、


【未来のためなら今を犠牲にしてもかまわない、むしろそれが正義だ。】


といった、一つの考えに陥るからです。


未来の自由のために今暴力を使うとか、
未来の自由のために今不自由をガマンするとか、


その考えは「欲しがりません勝つまでは」と同じことで、


それを「国民決意の標語」にして戦争した結果、大惨敗して懲りたはずではないのか、と語ります。


これはかなりハッとさせられますよね。



《未来は勝手につくられる》

”未来を信じないヤツこそが今日の仕事をするんだよ。
現在ただ今しかないという生活をしているヤツが何人いるか。
現在ただ今しかないというのが「文化」の本当の形でそこにしか「文化」の最終的な形はないと思う。”


と書いてありましたがその通り。


結果も将来も、未来にあることなので、そればかりを気にしていたら”今”を真剣に生きられないんですよね。


さらに、

”バカいえ、未来はオレに関係なくつくられてゆくさ、オレは未来のために生きてんじゃねェ、オレのために生き、オレの誇りのために生きてる。”


と続きます。


そう、未来なんて誰にも関係なく勝手につくられていくのです。


だから将来のためにガマンや犠牲をするのではなく、


今を生きるためにこの瞬間をどうするか?を常に考えて行動するべきなのです。

《今を犠牲にするな》


なにも著者は「希望を持つな」とは言っていません。


「未来のために今を犠牲にするな」と言っているのです。


誰が言ったのか詳細はわかりませんが、


「明日死ぬかのように生きよ。 」という格言があります。


著者が言っていることはつまりそういうことです。


ぜひこの本を読んで、今を真剣に生きられるようになってください!


「若きサムライのために」 三島由紀夫