「歴史の終わり」 フランシス・フクヤマ 


対等か、優越か。

《人間を知るには》


自分と社会全体を冷静に観るためには、客観的な視点を持つことが大切です。


そして客観的な視点を持つためには、人間の傾向を理解する必要があります。


人間という生き物の感情や行動の傾向を理解できれば、


「今の自分はどんな行動をとりやすいのか?」

「これからの社会はどこに向かっていくのか?」


といったミクロからマクロなことまで想像力を働かせることができ、結果的にリスク回避や先行者利益を得ることができるのです。


では、人間の傾向を理解するには具体的に何を知ればいいのか、アナタはわかりますか?


それは、承認欲求です。

《二つの承認欲求》


というのも、多くの人は承認欲求によって行動しているからです。


そう、「認められたい!」「理解されたい!」「見せつけたい!」といった欲求は人間を突き動かすのです。


それにSNSが発達した現代は、歴史上最も承認欲求が強まっている時代とも言えます。


つまり人は無意識にイイねの数や閲覧数で得る快感を求めているのです。


ただ、承認欲求と一言でいっても実は二種類あります。


それが、対等願望と優越願望です。


ここを理解することが、人間の傾向を知る大きなポイントとなるのです。


ここまで読んで、もしアナタが、

承認欲求について知りたい!
人間の傾向を知りたい!


と思ったら、こちらの本をオススメします。


「歴史の終わり」 フランシス・フクヤマ



《歴史の終わりとは?》


アメリカの政治学者が書いたこの本を読めば、哲学や人間心理を紐解きながら歴史の流れを知ることができます。


他の歴史本には無い視点から歴史と未来を捉えていているので、かなり勉強になります。


人間が他の動物と違うのは、「認められたい」という承認欲求をもつことだと著者はいいます。


この欲望を満たしてくれるのは君主制やファシズム、全体主義や共産主義ではなく、個人として自主性を認めてれるリベラルな民主主義だけです。


振り返ればこの承認欲求は血なまぐさい争いを生んできましたが、諸国間では合理的に置き換えます。


つまり、他国以上に優秀な国家として認められたいという欲望ではなく、他国と対等なものとして認められたいとう欲望になるのです。


あらゆるイデオロギーを打ち破った「人類のイデオロギー上の進歩の終点」がリベラルな民主主義で、それが著者が主張する「歴史の終わり」です。



《歴史が終わることで生まれる矛盾》


ただ人間の「認められたい」という承認欲求は、「対等願望」と「優越願望」に分かれます。


そのため、「果たしてこれで良いのか?」という疑問が出てくるのです。


というのも、


リベラルな民主主義は「対等願望」の社会ですが、みんな同じ・みんな平等というこの社会では、「優越願望」が無くなってしまい、


その結果、社会的向上を誰も目指さなくなり奴隷のようになってしまう可能性があるからです。


それにリベラルな民主主義が飽和すると、退屈すぎて争いをはじめてしまう可能性もあります。


なぜなら、人間は戦いのない生活など想像もできないからです。
(革命や戦争の発端が、退屈すぎたからという研究結果もあります。)


この矛盾が生まれるので、「対等願望」と「優越願望」のバランスをとる必要があるのです。


はたして平和が保たれ歴史は終わるのか?

それとも新しい争いが起き歴史がはじまるのか?


というのがザックリとした内容です。

《まず知ること》


注目すべきは、やはり二つの承認欲求です。


「対等願望」「優越願望」


この二つをどう活用するかが人類的にも個人的にも大切になってくるのはわかりましたが、正直かなり難しいですよね。笑


でもできることは、人間には二つの承認欲求が本能的に備わっていると知ることです。


「勝ちたい!」「結果を出したい!」と思う気持ちは優越願望


「みんな平等に」「差別をなくす」と思う気持ちは対等願望


みたいに。


自分の想いがどの承認欲求に当てはまっているかが分かれば、想像力を働かせることもできますし、バランスも取れますよね。


ぜひこの本を読んで、人間の傾向を勉強してみてください!


「歴史の終わり」 フランシス・フクヤマ