「哲学の教科書」 中島義道 


少しは哲学しよう。

《哲学とは?》


最近は生きる上でもビジネスをする上でも、哲学の重要性が高まってきています。


たとえば、アナタも一度は「成功哲学」や「哲学的」といった言葉を聞いたことがありますよね?


では、「哲学である」と「哲学ではない」。


アナタはこのシンプルな違いを明確に言語化できるでしょうか?


おそらく、上手く言語化できないのではないでしょうか?


そう、実は哲学の重要性が高まっているものの、そもそも哲学とは何なのか?を理解していない人がたくさんいるのです。

《待っているのは思考の死》


ですが、今後の人生をより良く生きるには「哲学的であること」は大切なポイントです。


だから、じわじわと哲学の重要性が高まってきているのです。


それに、哲学的ではなくなってしまったら、待っているのは思考の死です。


つまり、思考停止の不感症で、ただの操り人形になってしまうということ。


もしかしたらアナタは、


「哲学と思考停止がどう結びついているんだ?」


と思っているかもしれませんが、それくらい哲学的ではないデメリットは大きいのです。


ここまで読んで、もしアナタが、

哲学とは何かを知りたい!
哲学をしてみたい!


そう思ったら、こちらの本をオススメします。


「哲学の教科書」 中島義道



《本物の哲学の教科書とは》


「客観的でわかりやすく」・「品が良く」・「立派なもの」として語る哲学書は多いですが、


著者の考えでは哲学とは、「病的なもの」・「凶暴性・危険性があり」、「自分の体験に沿って」語らなければならないといいます。


つまり、生や死をはじめとした様々な問に苦しめられ考え抜いた者が、アリジゴクのように他人を引きずり込もうという悪趣味な書こそ、「本物」の哲学の教科書だと。


そんな考えの著者が書いたこの本は、


哲学とはなにか?哲学ではないとはなにか?を知ることができ、純粋な問いを持つことの重要性を感じることができます。



《深さではない》


哲学はべつに、深いことではありません。


むしろ、「深い」という言葉を使う人間は、自分が無責任だといっているようなものだから気をつけたほうがいいと著者は言います。


実は見るべきは深さではなく表面で、そこに秘密が隠されているのです。


つまり哲学とは、


”足元に転がっている単純なことを徹底的に疑って考えること”です。


たとえば、


「生きるとは?」「死ぬとは?」といった当たり前にあることを考えたり、


「自分は存在するのか?」「なぜ自分の腕を動かすことができるのか?」といったことも哲学です。


だから哲学をするには、素朴な疑問を持ち、「なぜ?」とすぐ聞いてくる子どものような純粋な目をもたなければいけません。



《哲学の最大の敵》


そして哲学の最大の敵は、


・疑問があるのにぶつけない

・何も感じていないのに感じているフリをする


といった、「わかったつもりになる」ことです。


誰もが陥りがちなこの敵を打ち破るには、


・難問をずっと抱える力

・いつも疑問をもちその不安定さに耐える力



が必要となります。


その力があれば、抱えている疑問が何十年後かに解決するかもしれないですからね。

《少しは哲学しよう》


疑問を感じても聞かない→言語化しなくなる→疑問を感じなくなる】


このように、疑問を感じなくなる前にはプロセスがあります。


そして疑問を感じなくなった先に、思考の死(思考停止)が待っていて、それは哲学の死でもあるのです。


これは、わかったつもりになり、疑問を持てないことがすべてです。


だからニュースやSNSの情報を鵜呑みにしたり、誰かの言葉をコピペするのはナンセンスです。


少しくらい、疑問に思って、自分で調べて、自分の言葉を使わないといけません。


思考が死んだらただの操り人形で、それはもはや自分の人生ではありません。


ぜひこの本を読んで、哲学してみてください!


「哲学の教科書」 中島義道